上原浩治の兄は北川隆明で今現在社長!父親と嫁(妻・息子)もスゴい!【消えた天才】

「消えた天才」に上原浩治の兄で北川隆明さんが出ますが、今現在は北川ヒューテックと言う会社の社長だそうです!

上原浩治の兄、北川隆明や父親も伝説になっていますが、そもそも上原浩治の今現在の嫁(妻)や息子(子供)などはどうなんでしょうか?

今回はそんな上原浩治の家族についてみていきたいと思いますが、そもそも彼の身内が結構すごかったことはあまり世間的にも知られていないと思います。

なので、上原浩治の伝説などをピックアップしていきましょう!

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上原浩治の伝説がスゴイ!

今更言うまでもないんですが上原浩治は巨人やアメリカ大リーグのレッドソックスなどでも活躍し様々な伝説的なレジェンドでもあります。

元々大阪出身ですが父親が大の巨人ファンということもあり本人も親孝行をしようと思ったのか巨人に入団されました。

そこからいきなりルーキーイヤーで20勝を挙げて一気に知名度を上げたピッチャーでもありますし何より全てにおいてバランスが取れた投手と言えます。

そのバランスというものがピッチングのテンポの速さにあると思われます。

元々コントロールがいいピッチャーなので彼が投げる試合はかなり平均時間を下回るそのようなことからチーム全体にリズムが生まれ攻撃陣がいかにスムーズにバッティングに入っていけるかというところも影響していたのではないでしょうか。

一球一球投げるテンポがすごい早くそこが自分のチームが攻撃に入る時に早く攻撃態勢に入る趣味の時間を極力減らす投球術から守っている見方も非常にストレスを感じることがなく試合に入っていたのではないでしょうか。

上原浩治自身の性格は非常に負けず嫌いで一時期は雑草魂とも言われていたほど人に負けることが嫌いな性格だったんではないでしょうか。

巨人では輝かしい実績と行く度の最多勝に輝き彼自身も沢村賞などのタイトルを獲得するために全力投球していたと後になって語っています。

ピッチャーである以上タイトルを目指すのは当然と言い切っている彼もまた強気のスタイルですがそれを実行する彼自身のスキルと行動は当初から並外れたものではなかったんではないでしょうか。

すでに大学時代からプロのスカウトが彼を注目していたことも頷ける。

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上原浩治の兄北川隆明がスゴい!

上原浩治の兄は北川隆明というネーミングで活動しているそうで何でも北川ヒューテックという株式会社の代表取締役社長でもあります。

て言うか、弟そっくりじゃね!?

これには相当びっくりしたんですが何でも建設会社の社長ということでしょうか?

まさか上原浩治の兄が会社の社長だということは全く存じ上げてなかったのでちょっと驚かされましたが兄弟揃って凄腕の人物であったということです。

ここでなぜ北川隆明というネーミングになっているのかと言うと苗字が上原になっていないことが非常におかしなことになってると思います。

これに関しては北川ヒューテックに彼が入社した時に当時この会社の会長である娘と結婚したので北川という苗字になっているものだと思われます。

つまり養子に入ったんでしょうか?

そう考えてもおかしくないと思いますし嫁さんの名字を語っていることから嫁さんの父親の会社を引き継いだということです。

そして上原浩治の兄たかあきは幼少期から弟と同じ野球をやっていてそこから伝説が生まれたと推測されます。

どういうことかと言うと今回の消えた伝説でも取り上げられているテーマでもある兄がすごかったということです。

上原浩治でさえ兄のスキルが抜けなかったと言われておりそのとずば抜けた選手としての能力が兄にはあったということです。

上原浩治がそこまで認めている兄のスキルとは一体どのようなものだったんでしょうか?

逆に兄がプロの世界に行かなかったことが驚きなんですが巨人で数々の実績をつくりアメリカのメジャーリーグでも活躍した弟が 敵わなかった存在が兄だということです。

当時兄が野球をしていた時にはどこのポジションをやっていたのかは明らかになっていませんが弟と同じピッチャーであれば上原浩治が敵わなかったのだというのがなんとなくわかるような気がします。

そして今現在は北川ヒューテックの代表取締役を務めている兄ですがそもそもこの会社は一体どんな会社なんでしょうか?

調べたところやはり建築会社だということでジャンル的にはゼネコンです。

主に塗装や道路工事などを承っていて大手の建築会社の仕事をメインに受け入れてる企業ではないでしょうか。

企業理念でもこのようなことを語っています。

私たちの仕事はさまざまな知識・技術が求められる仕事であり、決してひとりの力で成し得るものではありません。個の力を大切にしながら、互いに協力し合い、助け合い、同じ目的に向かっていく。そんな意味で、私はOne for All, All for Oneの精神を重んじています。

当社は業界では珍しい、親会社を持たない独立系建設会社です。上からの指示に従うのではなく、自ら考え行動する自主自立の精神で事業領域を拡大し、現在は関連分野をカバーする11のグループ会社を擁しています。

当社のもうひとつの特徴は、新たな工法の研究・開発・試験を行う技術研究所を設置していることです。これにより、昨今の目覚ましい技術の進化に確実に対応しています。

こうして培ってきた技術力とグループの総合力を発揮すれば、道路に建物、さらには緑地などを整備し、ゼロからひとつの街を生み出すくらいのポテンシャルがあると信じています。

東京都中央区日本橋人形町二丁目14番9号

代表者 代表取締役社長 北川 隆明

資本金 3億円

売上高 142億円

従業員数 382名

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上原浩治の父親もヤバい!

実は上原浩治の土浦も半端なく影響力があったと言われています。

彼が幼少期の頃に父親が監督を務める少年野球のクラブに入っていました。

上原浩治自体はここで野球の原点となるきっかけをつかみ野球と同時並行しながら陸上部のカリキュラムをこなしていたと思われます。

高校時代から主に頭角を現していき甲子園を目指して大阪大会の準々決勝まで進んだそうですが残念ながらここで敗退したため甲子園に出場することもなく無名の選手で大学を迎えることになります。

しかし彼が大学に進んだ時から雑草魂と言われる性格がゆえにかなりの努力とチャレンジを続けプロのスカウトに泊まったと言われています。

元々陸上部に所属していた脚力や下半身の強さがあったのでピッチャーとしての才能がそこで開花したんでしょう。

この時のレベルでもプロの平均レベルの上を超えていたと言われていますし学生時代から運動神経だけは良かったので努力してトレーニングを重ねていけばプロでも十分やっていけると自分で自覚していたそうです。

ただ父親が監督を務めていた少年野球クラブではそこまでのめり込んだことではなくどちらかといえばプロ野球選手になることを目指すより教師になりたかったのだと彼は語っています。

ただ大阪体育大学に最初に入学試験を受けることになるんですがこれも教師を目指していたというわけで試験を受けたんですがあくまでも合格はできなかったそうでそこから浪人生活を続けてトレーニングを継続していたと言われています。

そして実際プロの世界に入り同じライバルの川上憲伸や高橋由伸などの同年代には相当意識していたに違いありません。

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上原浩治の嫁(妻)や息子は?

彼は2004年に山崎美穂と言う元モデルと結婚し今現在では息子が一人いるとのことです。

マジか・・・!化けすぎてね?

て言うか、劣化激しくね!?

息子もすでに大きくなって将来は彼のようなプロ野球選手になるんでしょうか?

彼がアメリカに行った時にも当然家族のサポートがあって家族総出でアメリカに移り住んだと言われています。

しかも息子が英語が喋れるようで現地アメリカで学び日本でもそれを何か生かせるビジネスをやろうとしているんではないでしょうか?

嫁さんに関しても元モデルだということで馴れ初めやどこで出会ったきっかけなのかは明らかになっていませんが今現在でも幸せな家庭を築き彼をサポートし続けているのだと思います。

上原浩治と嫁さんが出会った時にはすでにモデル業を止められていた時でもあり彼が巨人に入団した時に球団のサポート関連の仕事を受け回っていたと言われています。

このような経緯があることから馴れ初めや出会いは巨人の球団を通して知り合った可能性が高いです。

今現在も離婚などの噂は一切断っていないですしネット上でもそのようなことは聞いたことがありませんので今後も家族揃って幸せな家庭を築いていくんではないでしょうか。

今後の活躍に期待したいと思います。

最後までご覧いただきまして本当に有難うございました。

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